った。そしてその中に渋江氏がいた。
 渋江氏では三千坪の亀沢町の地所と邸宅とを四十五両に売った。畳一枚の価《あたい》は二十四文であった。庭に定所《ていしょ》、抽斎父子の遺愛の木たる※[#「木+聖」、第3水準1−86−19]柳《ていりゅう》がある。神田の火に逢って、幹の二大枝《にだいし》に岐《わか》れているその一つが枯れている。神田から台所町へ、台所町から亀沢町へ徙《うつ》されて、幸《さいわい》に凋《しお》れなかった木である。また山内豊覚が遺言《いげん》して五百に贈った石燈籠《いしどうろう》がある。五百も成善《しげよし》も、これらの物を棄てて去るに忍びなかったが、さればとて木石を百八十二里の遠きに致さんことは、王侯富豪も難《かた》んずる所である。ましてや一身の安きをだに期しがたい乱世の旅である。母子はこれを奈何《いかん》ともすることが出来なかった。
 食客は江戸|若《もし》くはその界隈《かいわい》に寄るべき親族を求めて去った。奴婢《ぬひ》は、弘前に随《したが》い行《ゆ》くべき若党二人を除く外、悉《ことごと》く暇《いとま》を取った。こういう時に、年老いたる男女の往《ゆ》いて投ずべき家のない
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