虐遇せられ、それを耐え忍んで年を経た。亡夫の弟の子の代になって、虐遇は前に倍し、あまつさえ眼病を憂えた。これが弘化二年で、妙了が六十五歳になった時である。
 妙了は眼病の治療を請いに抽斎の許《もと》へ来た。前年に来《きた》り嫁した五百《いお》が、老尼の物語を聞いて気の毒がって、遂に食客にした。それからは渋江の家にいて子供の世話をし、中にも棠《とう》と成善《しげよし》とを愛した。
 妙了の最も近い親戚は、本所|相生町《あいおいちょう》に石灰屋《しっくいや》をしている弟である。しかし弟は渋江氏の江戸を去るに当って、姉を引き取ることを拒んだ。その外|今川橋《いまがわばし》の飴屋《あめや》、石原《いしはら》の釘屋《くぎや》、箱崎《はこざき》の呉服屋、豊島町の足袋屋《たびや》なども、皆縁類でありながら、一人として老尼の世話をしようというものはなかった。
 幸に妙了の女姪《めい》が一人|富田十兵衛《とみたじゅうべえ》というものの妻《さい》になっていて、夫に小母《おば》の事を話すと、十兵衛は快く妙了を引き取ることを諾した。十兵衛は伊豆国《いずのくに》韮山《にらやま》の某寺に寺男《てらおとこ》をしてい
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