に、あなたがお照様でございますねと、一言《いちごん》念を押して置けば宜《よろ》しかったのでございます。全くわたくしの粗忽で」という、目には涙を浮べていた。
 貞固は叉《こまぬ》いていた手をほどいていった。「お姉《あね》えさん御心配をなさいますな。杉浦も悔まぬが好《い》い。わたしはこの婚礼をすることに決心しました。お坊主を恐れるのではないが、喧嘩《けんか》を始めるのは面白くない。それにわたしはもう五十を越している。器量好みをする年でもない」といった。
 貞固は遂《つい》に照と杯《さかずき》をした。照は天保六年|生《うまれ》で、嫁した時三十二歳になっていた。醜いので縁遠かったのであろう。貞固は妻《さい》の里方と交《まじわ》るに、多く形式の外に出《い》でなかったが、照と結婚した後《のち》間もなくその弟|玄琢《げんたく》を愛するようになった。大須《おおす》玄琢は学才があるのに、父兄はこれに助力せぬので、貞固は書籍を買って与えた。中には八尾板《やおばん》の『史記』などのような大部のものがあった。
 この年弘前藩では江戸|定府《じょうふ》を引き上げて、郷国に帰らしむることに決した。抽斎らの国勝手《
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