を以て人に殺された。その殺されたのが九つ半頃であったというから、丁度保さんと清助とがこの応答をしていた時である。
 陣幕の事を言ったから、因《ちなみ》に小錦《こにしき》の事をも言って置こう。伊沢のおかえさんに附けられていた松という少女があった。松は魚屋与助《うおやよすけ》の女《むすめ》で、菊、京の二人《ふたり》の妹があった。この京が岩木川《いわきがわ》の種を宿して生んだのが小錦|八十吉《やそきち》である。
 保さんは今一つ、柏軒の奥医師になった時の事を記憶している。それは手習の師小島成斎が、この時柏軒の子鉄三郎に対する待遇を一変した事である。福山侯の家来成斎が、いかに幕府の奥医師の子を尊敬しなくてはならなかったかという、当年の階級制度の画図《がと》が、明《あきらか》に穉《おさな》い成善の目前に展開せられたのである。

   その七十六

 小島成斎が神田の阿部家の屋敷に住んで、二階を教場《きょうじょう》にして、弟子に手習をさせた頃、大勢の児童が机を並べている前に、手に鞭《むち》を執って坐し、筆法を正《ただ》すに鞭の尖《さき》を以て指《ゆびさ》し示し、その間には諧謔《かいぎゃく》を交えた
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