人の死を以て終るを例とする。しかし古人を景仰《けいこう》するものは、その苗裔《びょうえい》がどうなったかということを問わずにはいられない。そこでわたくしは既に抽斎の生涯を記《しる》し畢《おわ》ったが、なお筆を投ずるに忍びない。わたくしは抽斎の子孫、親戚、師友等のなりゆきを、これより下《しも》に書き附けて置こうと思う。
わたくしはこの記事を作るに許多《あまた》の障礙《しょうがい》のあることを自覚する。それは現存の人に言い及ぼすことが漸《ようや》く多くなるに従って、忌諱《きき》すべき事に撞着《とうちゃく》することもまた漸く頻《しきり》なることを免れぬからである。この障礙は上《かみ》に抽斎の経歴を叙して、その安政中の末路に近づいた時、早く既に頭《こうべ》を擡《もたげ》げて来た。これから後《のち》は、これが弥《いよいよ》筆端に纏繞《てんじょう》して、厭《いと》うべき拘束を加えようとするであろう。しかしわたくしはよしや多少の困難があるにしても、書かんと欲する事だけは書いて、この稿を完《まっと》うするつもりである。
渋江の家には抽斎の歿後に、既にいうように、未亡人五百、陸《くが》、水木《みき》
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