ど必ず捺《お》してある。
別号には観柳書屋、柳原《りゅうげん》書屋、三亦堂《さんえきどう》、目耕肘《もくこうちゅう》書斎、今未是翁《こんみぜおう》、不求甚解《ふきゅうじんかい》翁等がある。その三世|劇神仙《げきしんせん》と称したことは、既にいったとおりである。
抽斎はかつて自ら法諡《ほうし》を撰んだ。容安院《ようあんいん》不求甚解居士《ふきゅうじんかいこじ》というのである。この字面《じめん》は妙ならずとはいいがたいが、余りに抽象的である。これに反して抽斎が妻|五百《いお》のために撰んだ法諡は妙|極《きわ》まっている。半千院《はんせんいん》出藍終葛大姉《しゅつらんしゅうかつだいし》というのである。半千は五百、出藍は紺屋町《こんやちょう》に生れたこと、終葛は葛飾郡《かつしかごおり》で死ぬることである。しかし世事《せいじ》の転変は逆覩《げきと》すべからざるもので、五百は本所《ほんじょ》で死ぬることを得なかった。
この二つの法諡はいずれも石に彫《え》られなかった。抽斎の墓には海保漁村の文を刻した碑が立てられ、また五百の遺骸は抽斎の墓穴《ぼけつ》に合葬せられたからである。
大抵伝記はその
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