後森|枳園《きえん》が刊行した。抽斎は啻《ただ》に家庭において王室を尊崇《そんそう》する心を養成せられたのみでなく、また迷庵の説を聞いて感奮したらしい。
抽斎の王室における、常に耿々《こうこう》の心を懐《いだ》いていた。そしてかつて一たびこれがために身命を危《あやう》くしたことがある。保さんはこれを母五百に聞いたが、憾《うら》むらくはその月日を詳にしない。しかし本所においての出来事で、多分安政三年の頃であったらしいということである。
或日|手島良助《てじまりょうすけ》というものが抽斎に一の秘事を語った。それは江戸にある某|貴人《きにん》の窮迫の事であった。貴人は八百両の金がないために、まさに苦境に陥らんとしておられる。手島はこれを調達せんと欲して奔走しているが、これを獲《う》る道がないというのであった。抽斎はこれを聞いて慨然として献金を思い立った。抽斎は自家の窮乏を口実として、八百両を先取《さきどり》することの出来る無尽講《むじんこう》を催した。そして親戚故旧を会して金を醵出《きょしゅつ》せしめた。
無尽講の夜《よる》、客が已《すで》に散じた後《のち》、五百は沐浴《もくよく》して
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