《ここ》に収めようと思う。
 抽斎は日常宋儒のいわゆる虞廷《ぐてい》の十六字を口にしていた。彼《か》の「人心惟危《じんしんこれあやうく》、道心惟微《どうしんこれびなり》、惟精惟一《これせいこれいつ》、允執厥中《まことにそのちゆをとる》」の文である。上《かみ》の三教帰一の教は即ちこれである。抽斎は古文尚書の伝来を信じた人ではないから、これを以て堯の舜に告げた言《こと》となしたのでないことは勿論である。そのこれを尊重したのは、古言《こげん》古義として尊重したのであろう。そして惟精惟一《これせいこれいつ》の解釈は王陽明《おうようめい》に従うべきだといっていたそうである。
 抽斎は『礼《れい》』の「清明在躬《せいめいみにあれば》、志気如神《しきしんのごとし》」の句と、『素問《そもん》』の上古天真論《じょうこてんしんろん》の「恬※[#「りっしんべん+炎」、第3水準1−84−52]虚無《てんたんとしてきょむならば》、真気従之《しんきこれにしたがう》、精神内守《せいしんうちにまもれば》、病安従来《やまいいずくんぞしたがいきたらん》」の句とを誦《しょう》して、修養して心身の康寧《こうねい》を致すことが
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