ず。老子は自然と説く。其《そ》れ是《これ》歟《か》。孔子|曰《いわく》。述而不作《のべてつくらず》。信而好古《しんじていにしえをこのむ》。窃比我於老彭《ひそかにわれをろうほうにひす》。かく宣給《のたも》ふときは、孔子の意も亦《また》自然に相近し」といったのが即ちこれである。
その五十八
抽斎は『老子』を尊崇《そんそう》せんがために、先ずこれをヂスクレヂイに陥《おとし》いれた仙術を、道教の畛域《しんいき》外に逐《お》うことを謀《はか》った。これは早く清《しん》の方維甸《ほういでん》が嘉慶板《かけいばん》の『抱朴子《ほうぼくし》』に序して弁じた所である。さてこの洗冤《せんえん》を行《おこな》った後《のち》にこういっている。「老子の道は孔子と異なるに似たれども、その帰する所は一意なり。不患人不己知《ひとのおのれをしらざるをうれえず》及|曾子《そうし》の有若無《あれどもなきがごとく》実若虚《じつなれどもきょなるがごとし》などと云《い》へる、皆老子の意に近し。且《かつ》自然と云ふこと、万事にわたりて然らざることを得ず。(中略)又|仏家《ぶっか》に漠然《まくねん》に帰すると云ふことあり
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