も春秋の比《ころ》にいたりて、世変り時|遷《うつ》りて、其道一向に用ゐられず。孔子も遣《や》つては見給へども、遂に行かず。終《つい》に魯《ろ》に還《かえ》り、六経を修めて後世に伝へらる。これその堯舜三代の道を認めたまふゆゑなり。儒者は孔子をまもりて其経を修むるものなり。故に儒者の道を学ばむと思はゞ、先づ文字を精出《せいだ》して覚ゆるがよし。次に九経《きゅうけい》をよく読むべし。漢儒の注解はみな古《いにしえ》より伝受あり。自分の臆説《おくせつ》をまじへず。故に伝来を守るが儒者第一の仕事なり。(中略)宋の時|程頤《ていい》、朱熹《しゅき》等《ら》己《おの》が学を建てしより、近来|伊藤源佐《いとうげんさ》、荻生惣右衛門《おぎゅうそうえもん》などと云《い》ふやから、みな己《おのれ》の学を学とし、是非を争ひてやまず。世の儒者みな真闇《まっくら》になりてわからず。余も亦《また》少《わか》かりしより此《この》事を学びしが、迷ひてわからざりし。ふと解する所あり。学令の旨《むね》にしたがひて、それ/″\の古書をよむがよしと思へり」といった。
 要するに迷庵も抽斎も、道に至るには考証に由《よ》って至るより
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