『直舎《ちょくしゃ》伝記抄』及《および》已《すで》に散佚《さんいつ》した諸書を除く外は、皆|保《たもつ》さんが蔵している。
 抽斎の著述は概《おおむ》ね是《かく》の如きに過ぎない。致仕した後《のち》に、力を述作に肆《ほしいまま》にしようと期していたのに、不幸にして疫癘《えきれい》のために命《めい》を隕《おと》し、かつて内に蓄うる所のものが、遂に外《ほか》に顕《あらわ》るるに及ばずして已《や》んだのである。
 わたくしは此《ここ》に抽斎の修養について、少しく記述して置きたい。考証家の立脚地から観《み》れば、経籍は批評の対象である。在来の文を取って渾侖《こんろん》に承認すべきものではない。是《ここ》において考証家の末輩《まつばい》には、破壊を以て校勘の目的となし、毫《ごう》もピエテエの迹《あと》を存せざるに至るものもある。支那における考証学亡国論の如きは、固《もと》より人文《じんぶん》進化の道を蔽塞《へいそく》すべき陋見《ろうけん》であるが、考証学者中に往々修養のない人物を出《い》だしたという暗黒面は、その存在を否定すべきものではあるまい。
 しかし真の学者は考証のために修養を廃するような
前へ 次へ
全446ページ中217ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング