海』は抽斎の作った謡物《うたいもの》の長唄《ながうた》である。これは書と称すべきものではないが、前に挙げた『護痘要法』と倶《とも》に、江戸時代に刊行せられた二、三葉の綴文《とじぶみ》である。
『仮面の由来』、これもまた片々《へんぺん》たる小冊子である。
その五十六
『呂后千夫《りょこうせんふ》』は抽斎の作った小説である。庚寅《かのえとら》の元旦に書いたという自序があったそうであるから、その前年に成ったもので、即ち文政十二年二十五歳の時の作であろう。この小説は五百《いお》が来り嫁した頃には、まだ渋江の家にあって、五百は数遍《すへん》読過したそうである。或時それを筑山左衛門《ちくさんさえもん》というものが借りて往った。筑山は下野国《しもつけのくに》足利《あしかが》の名主だということであった。そして終《つい》に還《かえ》さずにしまった。以上は国文で書いたものである。
この著述の中《うち》刊行せられたものは『経籍訪古志』、『留真譜』、『護痘要法』、『四つの海』の四種に過ぎない。その他は皆写本で、徳富蘇峰さんの所蔵の『※[#「衞/心」、168−8]語《えいご》』、富士川游さんの所蔵の
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