て、何処《どこ》かに埋没しているであろうか。これを捜討《そうとう》せんと欲するに、由るべき道がない。保さんは今に※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]るまで歎惜して已《や》まぬのである。
『直舎《ちょくしゃ》伝記抄』八冊は今富士川游君が蔵している。中に題号を闕《か》いたものが三冊交っているが、主に弘前医官の宿直部屋の日記を抄写したものである。上《かみ》は宝永元年から下《しも》は天保九年に至る。所々《しょしょ》に善《ぜん》云《いわく》と低書《ていしょ》した註がある。宝永元年から天明五年に至る最古の一冊は題号がなく、引用書として『津軽一統志』、『津軽軍記』、『津陽《しんよう》開記』、『御系図《ごけいず》三通』、『歴年|亀鑑《きかん》』、『孝公行実《こうこうぎょうじつ》』、『常福寺|由緒書《ゆいしょがき》』、『津梁《しんりょう》院過去帳抄』、『伝聞《でんぶん》雑録』、『東藩《とうはん》名数』、『高岡霊験記《たかおかれいげんき》』、『諸書|案文《あんもん》』、『藩翰譜《はんかんぷ》』が挙げてある。これは諸書について、主に弘前医官に関する事を抄出したものであろう。
『四《よ》つの
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