ない。
抽斎遺す所の手沢本《しゅたくぼん》には、往々欄外書のあるものを見る。此の如き本には『老子』がある。『難経《なんけい》』がある。
抽斎の詩はその余事に過ぎぬが、なお『抽斎吟稿』一巻が存している。以上は漢文である。
『護痘要法』は抽斎か池田|京水《けいすい》の説を筆受《ひつじゅ》したもので、抽斎の著述中江戸時代に刊行せられた唯一の書である。
雑著には『晏子《あんし》春秋筆録』、『劇神仙話』、『高尾考《たかおこう》』がある。『劇神仙話』は長島五郎作の言《こと》を録したものである。『高尾考』は惜《おし》むらくは完書をなしていない。
『※[#「衞/心」、165−14]語《えいご》』は抽斎が国文を以て学問の法程を記《き》して、及門《きゅうもん》の子弟に示す小冊子に命じた名であろう。この文の末尾に「天保|辛卯《しんぼう》季秋《きしゅう》抽斎|酔睡《すいすい》中に※[#「衞/心」、165−15]言《えいげん》す」と書してある。辛卯は天保二年で、抽斎が二十七歳の時である。しかし現存している一巻には、この国文八枚が紅色《こうしょく》の半紙に写してあって、その前に白紙に写した漢文の草稿二十九枚
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