するにこれらの諸家が新に考証学の領域を開拓して、抽斎が枳園と共に、まさに纔《わずか》に全著を成就するに至ったのである。
わたくしは『訪古志』と『留真譜』との二書は、今少し重く評価して可なるものであろうと思う。そして頃日《けいじつ》国書刊行会が『訪古志』を『解題叢書』中に収めて縮刷し、その伝を弘むるに至ったのを喜ぶのである。
その五十五
抽斎の医学上の著述には、『素問識小《そもんしきしょう》』、『素問校異』、『霊枢《れいすう》講義』がある。就中《なかんずく》『素問』は抽斎の精を殫《つく》して研窮した所である。海保漁村撰の墓誌に、抽斎が『説文《せつもん》』を引いて『素問』の陰陽結斜は結糾《けつきゅう》の訛《か》なりと説いたことが載せてある。また七損八益を説くに、『玉房秘訣《ぎょくぼうひけつ》』を引いて説いたことが載せてある。『霊枢』の如きも「不精則不正当人言亦人人異《せいならざればすなわちせいとうたらずじんげんまたじんじんことなる》」の文中、抽斎が正当を連文《れんぶん》となしたのを賞してある。抽斎の説には発明|極《きわめ》て多く、此《かく》の如き類はその一斑《いっぱん》に過ぎ
前へ
次へ
全446ページ中211ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング