十四歳で亡くなったから、己も兼《かね》て五十九歳になったら隠居しようと思っていた。それがただ少しばかり早くなったのだ。もし父と同じように、七十四歳まで生きていられるものとすると、これから先まだ二十年ほどの月日がある。これからが己の世の中だ。己は著述をする。先ず『老子《ろうし》』の註を始《はじめ》として、迷庵|※[#「木+夜」、第3水準1−85−76]斎《えきさい》に誓った為事《しごと》を果して、それから自分の為事に掛かるのだ」といった。公儀へ召されるといったのは、奥医師などに召し出されることで、抽斎はその内命を受けていたのであろう。然るに運命は抽斎をしてこのヂレンマの前に立たしむるに至らなかった。また抽斎をして力を述作に肆《ほしいまま》にせしむるに至らなかった。
その五十三
八月二十二日に抽斎は常の如く晩餐《ばんさん》の饌《ぜん》に向った。しかし五百が酒を侑《すす》めた時、抽斎は下物《げぶつ》の魚膾《さしみ》に箸《はし》を下《くだ》さなかった。「なぜ上《あが》らないのです」と問うと、「少し腹工合が悪いからよそう」といった。翌二十三日は浜町中屋敷の当直の日であったのを、所労を
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