くにし、これに衣服を纏《まと》って壁に立て掛け、さてこれを斫《き》る勢《いきおい》をなして、「おのれ、母の敵《かたき》、思い知ったか」などと叫ぶことがあった。父忠兵衛も牧も、少女の意の斥《さ》す所を暁《さと》っていたが、父は憚《はばか》って肯《あえ》て制せず、牧は懾《おそ》れて咎めることが出来なかった。
 牧は奈何《いか》にもして五百の感情を和《やわ》げようと思って、甘言を以てこれを誘《いざな》おうとしたが、五百は応ぜなかった。牧はまた忠兵衛に請うて、五百に己《おのれ》を母と呼ばせようとしたが、これは忠兵衛が禁じた。忠兵衛は五百の気象を知っていて、此《かく》の如き手段のかえってその反抗心を激成するに至らんことを恐れたのである。
 五百が早く本丸に入《い》り、また藤堂家に投じて、始終家に遠《とおざ》かっているようになったのは、父の希望があり母の遺志があって出来た事ではあるが、一面には五百自身が牧と倶《とも》に起臥《おきふし》することを快《こころよ》からず思って、余所《よそ》へ出て行くことを喜んだためもある。
 こういう関係のある牧が、今|寄辺《よるべ》を失って、五百の前に首《こうべ》を屈
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