である。後十一歳にして夭札《ようさつ》した子である。この年は人の皆知る地震の年である。しかし当時抽斎を揺り撼《うごか》して起《た》たしめたものは、独《ひとり》地震のみではなかった。
 学問はこれを身に体し、これを事に措《お》いて、始《はじめ》て用をなすものである。否《しからざ》るものは死学問である。これは世間普通の見解である。しかし学芸を研鑽《けんさん》して造詣《ぞうけい》の深きを致さんとするものは、必ずしも直ちにこれを身に体せようとはしない。必ずしも径《ただ》ちにこれを事に措こうとはしない。その※[#「石+乞」、第4水準2−82−28]々《こつこつ》として年《とし》を閲《けみ》する間には、心頭|姑《しばら》く用と無用とを度外に置いている。大いなる功績は此《かく》の如くにして始て贏《か》ち得らるるものである。
 この用無用を問わざる期間は、啻《ただ》に年《とし》を閲するのみではない。あるいは生を終るに至るかも知れない。あるいは世を累《かさ》ぬるに至るかも知れない。そしてこの期間においては、学問の生活と時務の要求とが截然《せつぜん》として二をなしている。もし時務の要求が漸《ようや》く増長
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