躋寿館の旧蔵本が参考せられたことは、問うことを須《ま》たぬであろう。然るに別に一の善本があった。それは京都|加茂《かも》の医家岡本|由顕《ゆうけん》の家から出た『医心方』巻《けんの》二十二である。
正親町《おおぎまち》天皇の時、従《じゅ》五位|上《じょう》岡本|保晃《ほうこう》というものがあった。保晃は半井瑞策に『医心方』一巻を借りて写した。そして何故《なにゆえ》か原本を半井氏に返すに及ばずして歿した。保晃は由顕の曾祖父である。
由顕の言う所はこうである。『医心方』は徳川家光《いえみつ》が半井瑞策に授けた書である。保晃は江戸において瑞策に師事した。瑞策の女《むすめ》が産後に病んで死に瀕《ひん》した。保晃が薬を投じて救った。瑞策がこれに報いんがために、『医心方』一巻を贈ったというのである。
『医心方』を瑞策に授けたのは、家光ではない。瑞策は京都にいた人で、江戸に下ったことはあるまい。瑞策が報恩のために物を贈ろうとしたにしても、よもや帝室から賜った『医心方』三十巻の中《うち》から、一巻を割《さ》いて贈りはしなかっただろう。凡《おおよ》そこれらの事は、前人が皆かつてこれを論弁している。
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