に無頓着《むとんじゃく》であった抽斎も、これには頗る当惑して、鋸《のこぎり》の音|槌《つち》の響のする中で、顔色《がんしょく》は次第に蒼《あお》くなるばかりであった。五百は初《はじめ》から兄の指図を危《あやぶ》みつつ見ていたが、この時夫に向っていった。
「わたくしがこう申すと、ひどく出過ぎた口をきくようではございますが、御《ご》一代に幾度《いくたび》というおめでたい事のある中で、金銭の事位で御心配なさるのを、黙って見ていることは出来ませぬ。どうぞ費用の事はわたくしにお任せなすって下さいまし。」
抽斎は目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。「お前そんな事を言うが、何百両という金は容易に調達《ちょうだつ》せられるものではない。お前は何か当《あて》があってそういうのか。」
五百はにっこり笑った。「はい。幾らわたくしが痴《おろか》でも、当なしには申しませぬ。」
その三十九
五百《いお》は女中に書状を持たせて、ほど近い質屋へ遣《や》った。即ち市野迷庵の跡の家である。彼《か》の今に至るまで石に彫《え》られずにある松崎|慊堂《こうどう》の文にいう如く、迷庵は柳原
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