|反《たん》二|分《ぶ》一朱か二分二朱であったというから、着ようと思えば着られたのであろうと、保さんがいう。
枳園の来て舎《やど》る頃に、抽斎の許《もと》にろくという女中がいた。ろくは五百が藤堂家にいた時から使ったもので、抽斎に嫁するに及んで、それを連れて来たのである。枳園は来り舎るごとに、この女を追い廻していたが、とうとう或日逃げる女を捉えようとして大行燈《おおあんどう》を覆し、畳を油だらけにした。五百は戯《たわむれ》に絶交の詩を作って枳園に贈った。当時ろくを揶揄《からか》うものは枳園のみでなく、豊芥子《ほうかいし》も訪ねて来るごとにこれに戯れた。しかしろくは間もなく渋江氏の世話で人に嫁した。
枳園はまた当時|纔《わずか》に二十歳を踰《こ》えた抽斎の長男|恒善《つねよし》の、いわゆるおとなし過ぎるのを見て、度々《たびたび》吉原へ連れて往《ゆ》こうとした。しかし恒善は聴《き》かなかった。枳園は意を五百に明かし、母の黙許というを以て恒善を動《うごか》そうとした。しかし五百は夫が吉原に往くことを罪悪としているのを知っていて、恒善を放ち遣《や》ることが出来ない。そこで五百は幾たびか枳園と
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