、人に栄次郎を吉原へ連れて往《ゆ》かせた。この時司の禿《かぶろ》であった娘が、浜照《はまてる》という名で、来月|突出《つきだし》になることになっていた。栄次郎は浜照の客になって、前よりも盛《さかん》な遊《あそび》をしはじめた。忠兵衛はまた勘当すると言い出したが、これと同時に病気になった。栄次郎もさすがに驚いて、暫く吉原へ往かずにいた。これが五百の帰った時の現状である。
この時に当って、まさに覆《くつがえ》らんとする日野屋の世帯《せたい》を支持して行こうというものが、新《あらた》に屋敷奉公を棄《す》てて帰った五百の外になかったことは、想像するに難くはあるまい。姉安は柔和に過ぎて決断なく、その夫宗右衛門は早世した兄の家業を襲《つ》いでから、酒を飲んで遊んでいて、自分の産を治《ち》することをさえ忘れていたのである。
その三十四
五百《いお》は父忠兵衛をいたわり慰め、兄栄次郎を諌《いさ》め励まして、風浪に弄《もてあそ》ばれている日野屋という船の柁《かじ》を取った。そして忠兵衛の異母兄で十人衆を勤めた大孫《おおまご》某《ぼう》を証人に立てて、兄をして廃嫡を免れしめた。
忠兵衛は十
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