つ》いで昌平黌《しょうへいこう》に通うことになった。安の夫になった宗右衛門は、同じ学校の諸生仲間で、しかもこの二人《ふたり》だけが許多《あまた》の士人の間に介《はさ》まっていた商家の子であった。譬《たと》えていって見れば、今の人が華族でなくて学習院に入《い》っているようなものである。
 五百《いお》が藤堂家に仕えていた間に、栄次郎は学校生活に平《たいらか》ならずして、吉原通《よしわらがよい》をしはじめた。相方《あいかた》は山口巴《やまぐちともえ》の司《つかさ》という女であった。五百が屋敷から下《さが》る二年前に、栄次郎は深入《ふかいり》をして、とうとう司の身受《みうけ》をするということになったことがある。忠兵衛はこれを聞き知って、勘当しようとした。しかし救解《きゅうかい》のために五百が屋敷から来たので、沙汰罷《さたやみ》になった。
 然るに五百が藤堂家を辞して帰った時、この問題が再燃していた。
 栄次郎は妹の力に憑《よ》って勘当を免れ、暫く謹慎して大門を潜《くぐ》らずにいた。その隙《ひま》に司を田舎大尽《いなかだいじん》が受け出した。栄次郎は鬱症《うつしょう》になった。忠兵衛は心弱くも
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