したいと決心した。奥方は松平|上総介《かずさのすけ》斉政《なりまさ》の女《むすめ》である。
 この時老女がふと五百《いお》の衣類に三葉柏《みつばがしわ》の紋の附いているのを見附けた。

   その三十二

 山内家の老女は五百に、どうして御当家の紋と同じ紋を、衣類に附けているかと問うた。
 五百は自分の家が山内氏で、昔から三葉柏《みつばがしわ》の紋を附けていると答えた。
 老女は暫《しばら》く案じてからいった。御用に立ちそうな人と思われるから、お召抱《めしかかえ》になるように申し立てようと思う。しかしその紋は当分御遠慮申すが好かろう。由緒《ゆいしょ》のあることであろうから、追ってお許《ゆるし》を願うことも出来ようといった。
 五百は家に帰って、父に当分紋を隠して奉公することの可否を相談した。しかし父忠兵衛は即座に反対した。姓名だの紋章だのは、先祖《せんそ》から承《う》けて子孫に伝える大切なものである。濫《みだり》に匿《かく》したり更《あらた》めたりすべきものではない。そんな事をしなくては出来ぬ奉公なら、せぬが好《よ》いといったのである。
 五百が山内家をことわって、次に目見《めみえ》に
前へ 次へ
全446ページ中123ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング