、臣君を択ぶというようになっていたと見えて、五百が此《かく》の如くに諸家の奥へ覗《のぞ》きに往ったのは、到処《いたるところ》で斥《しりぞ》けられたのではなく、自分が仕うることを肯《がえん》ぜなかったのだそうである。
しかし二十余家を経廻《へめぐ》るうちに、ただ一カ所だけ、五百が仕えようと思った家があった。それが偶然にも土佐国高知の城主松平土佐守|豊資《とよすけ》の家であった。即ち五百と祖先を同じうする山内家である。
五百が鍛冶橋内《かじばしうち》の上屋敷へ連れられて行くと、外の家と同じような考試に逢った。それは手跡、和歌、音曲《おんぎょく》の嗜《たしなみ》を験《ため》されるのである。試官は老女である。先ず硯箱《すずりばこ》と色紙とを持ち出して、老女が「これに一つお染《そめ》を」という。五百は自作の歌を書いたので、同時に和歌の吟味も済んだ。それから常磐津《ときわず》を一曲語らせられた。これらの事は他家と何の殊《こと》なることもなかったが、女中が悉《ことごと》く綿服《めんぷく》であったのが、五百の目に留まった。二十四万二千石の大名の奥の質素なのを、五百は喜んだ。そしてすぐにこの家に奉公
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