た注進などの役をも勤めた。
或日阿部家の女中が宿に下《さが》って芝居を看《み》に往《ゆ》くと、ふと登場している俳優の一人が養竹《ようちく》さんに似ているのに気が附いた。そう思って、と見《み》こう見するうちに、女中はそれが養竹さんに相違ないと極《き》めた。そして邸《やしき》に帰ってから、これを傍輩《ほうばい》に語った。固《もと》より一の可笑《おか》しい事として語ったので、初より枳園に危害を及ぼそうとは思わなかったのである。
さてこの奇談が阿部邸の奥表《おくおもて》に伝播《でんぱ》して見ると、上役《うわやく》はこれを棄《す》て置かれぬ事と認めた。そこでいよいよ君侯に稟《もう》して禄を褫《うば》うということになってしまった。
その二十八
枳園《きえん》は俳優に伍《ご》して登場した罪によって、阿部家の禄を失って、永《なが》の暇《いとま》になった。後に抽斎の四人目の妻となるべき山内氏|五百《いお》の姉は、阿部家の奥に仕えて、名を金吾《きんご》と呼ばれ、枳園をも識《し》っていたが、事件の起《おこ》る三、四年|前《ぜん》に暇を取ったので、当時の阿部家における細かい事情を知らなかった。
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