が合綴《ごうてつ》してある。その目《もく》を挙ぐれば、煩悶異文弁《はんもんいぶんべん》、仏説阿弥陀経碑《ぶっせつあみだきょうひ》、春秋外伝国語|跋《ばつ》、荘子注疏《そうしちゅうそ》跋、儀礼跋、八分書孝経《はちふんしょこうきょう》跋、橘録《きつろく》跋、沖虚至徳真経釈文《ちゅうきょしとくしんきょうしゃくぶん》跋、青帰《せいき》書目蔵書目録跋、活字板|左伝《さだん》跋、宋本校正病源候論跋、元板《げんはん》再校|千金方《せんきんほう》跋、書医心方後《いしんほうののちにしょす》、知久吉正翁墓碣《ちくよしまさおうぼけつ》、駱駝考《らくだこう》、※[#「やまいだれ+難」、第3水準1−88−63]※[#「やまいだれ+奐」、第4水準2−81−62]《たんたん》、論語義疏跋、告蘭軒先生之霊《らんけんせんせいのれいにつぐ》の十八篇である。この一冊は表紙に「※[#「衞/心」、166−6]語、抽斎述」の五字が篆文《てんぶん》で題してあって、首尾|渾《すべ》て抽斎の自筆である。徳富蘇峰《とくとみそほう》さんの蔵本になっているのを、わたくしは借覧した。
抽斎随筆、雑録、日記、備忘録の諸冊中には、今|已《すで》に佚亡《いつぼう》したものもある。就中《なかんずく》日記は文政五年から安政五年に至るまでの三十七年間にわたる記載であって、※[#「「褒」の「保」に代えて「臼」」、第4水準2−88−19]然《ほうぜん》たる大冊数十巻をなしていた。これは上《かみ》直《ただ》ちに天明四年から天保八年に至るまでの五十四年間の允成《ただしげ》の日記に接して、その中間の文政五年から天保八年に至るまでの十六年間は父子の記載が並存していたのである。この一大記録は明治八年二月に至るまで、保《たもつ》さんが蔵していた。然るに保さんは東京《とうけい》から浜松県に赴任するに臨んで、これを両掛《りょうがけ》に納めて、親戚の家に託した。親戚はその貴重品たるを知らざるがために、これに十分の保護《ほうご》を加うることを怠った。そして悉《ことごと》くこれを失ってしまった。両掛の中にはなお前記の抽斎随筆等十余冊があり、また允成の著《あらわ》す所の『定所《ていしょ》雑録』等約三十冊があった。想《おも》うにこの諸冊は既に屏風《びょうぶ》襖《ふすま》葛籠《つづら》等の下貼《したばり》の料となったであろうか。それとも何人《なにひと》かの手に帰して、何処《どこ》かに埋没しているであろうか。これを捜討《そうとう》せんと欲するに、由るべき道がない。保さんは今に※[#「二点しんにょう+台」、第3水準1−92−53]るまで歎惜して已《や》まぬのである。
『直舎《ちょくしゃ》伝記抄』八冊は今富士川游君が蔵している。中に題号を闕《か》いたものが三冊交っているが、主に弘前医官の宿直部屋の日記を抄写したものである。上《かみ》は宝永元年から下《しも》は天保九年に至る。所々《しょしょ》に善《ぜん》云《いわく》と低書《ていしょ》した註がある。宝永元年から天明五年に至る最古の一冊は題号がなく、引用書として『津軽一統志』、『津軽軍記』、『津陽《しんよう》開記』、『御系図《ごけいず》三通』、『歴年|亀鑑《きかん》』、『孝公行実《こうこうぎょうじつ》』、『常福寺|由緒書《ゆいしょがき》』、『津梁《しんりょう》院過去帳抄』、『伝聞《でんぶん》雑録』、『東藩《とうはん》名数』、『高岡霊験記《たかおかれいげんき》』、『諸書|案文《あんもん》』、『藩翰譜《はんかんぷ》』が挙げてある。これは諸書について、主に弘前医官に関する事を抄出したものであろう。
『四《よ》つの海』は抽斎の作った謡物《うたいもの》の長唄《ながうた》である。これは書と称すべきものではないが、前に挙げた『護痘要法』と倶《とも》に、江戸時代に刊行せられた二、三葉の綴文《とじぶみ》である。
『仮面の由来』、これもまた片々《へんぺん》たる小冊子である。
その五十六
『呂后千夫《りょこうせんふ》』は抽斎の作った小説である。庚寅《かのえとら》の元旦に書いたという自序があったそうであるから、その前年に成ったもので、即ち文政十二年二十五歳の時の作であろう。この小説は五百《いお》が来り嫁した頃には、まだ渋江の家にあって、五百は数遍《すへん》読過したそうである。或時それを筑山左衛門《ちくさんさえもん》というものが借りて往った。筑山は下野国《しもつけのくに》足利《あしかが》の名主だということであった。そして終《つい》に還《かえ》さずにしまった。以上は国文で書いたものである。
この著述の中《うち》刊行せられたものは『経籍訪古志』、『留真譜』、『護痘要法』、『四つの海』の四種に過ぎない。その他は皆写本で、徳富蘇峰さんの所蔵の『※[#「衞/心」、168−8]語《えいご》』、富士川游さんの所蔵の
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