て落ちたのを拾つて食つてゐる。矢張猫と同じやうに尻つぽには懐中時計が括り付けてあるので、折々後足でそれを蹴ることがある。
 家の戸口の右の方には、倚り掛かりの高い腕附の椅子がある。鞣革で張つた椅子で、脚は卓《つくゑ》と同じやうに捩れて下の方が細くなつてゐる。その椅子に腰を掛けてゐるのが主人である。頬つぺたの非常にふくらんだ爺いさんで、目は真ん円で、大きい腮《あご》が二重《ふたへ》になつてゐる。着物は子供のと全く同じ事だから、改めて説明しなくても好からう。只爺いさんの子供と違ふ所は、口に銜へてゐる煙管が少し大きいから、口から煙を余計に吹き出すことが出来る丈である。爺いさんも矢張懐中時計を持つてゐるが、それを隠しに入れてゐる丈が違つてゐる。これは別に大切な用事があるので、時計ばかり見てはゐられないのである。その用事がなんだと云ふことは直ぐに説明するから、待つてゐて貰ひたい。爺いさんはぢつとして据わつて、左の膝の上に右の膝を載せてゐる。そして真面目な顔をして、少くも片々《かた/\》の目で虚空の或る一点を睨んでゐる。その一点は議事堂の塔の上である。
 議事堂には市の評議員達がゐる。皆円く太つた
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