い菜園がある。そこに円い日時計が据ゑ附けてある。そして円いキヤベツが二十四本植ゑてある。家と家とは飽く迄似てゐて、何一つ相違してゐる点が無い。建築の様式は少し異様だが、併し画の様な面白みがある。堅く焼いた、小さい、赤い煉瓦の縁《へり》の黒いので建ててあるから、壁が丁度大きな象棋盤《しやうぎばん》のやうに見える。家の正面には搏風《はぶ》がある。屋根と表口の上とに、簷《のき》と庇とが出てゐるが、その広さが丁度家全体の広さ程ある。小さい、奥深い窓が細い格子で為切《しき》つてあつて、中には締め切つてあるのも見える。屋根に葺いてある瓦には長い、反《は》ね返《かへ》つた耳が出てゐる。家に使つてある材木は皆暗い色をしてゐて、それに一様な彫刻がしてある。それは古来スピイスブルクの彫刻師が、時計とキヤベツとの二つしか彫刻しないからである。併しその二つは上手に彫る。どこでも材木の面が明いてゐれば、すぐにそこへ彫り附ける。
家は外面が似てゐる様に、内部も似てゐる。道具は皆同じ雛形に依つて拵へたものである。床は四角な煉瓦を敷き詰めてある。卓や椅子は黒ずんだ木で拵へて、捩《よぢ》れた脚の下の方が細くしてある。壁に塗り籠めた大きい、丈の高い炉には時計とキヤベツとが彫つてある。炉の上の棚には、真ん中に本当の時計が一つ据ゑてあつて、それが断えず感心な好い音をさせてゐる。棚の両端には植木鉢が一つ宛置いてあつて、それにはキヤベツが生えてゐる。それからその時計と植木鉢との間には、きつと支那人の人形が一つ宛《づゝ》立つてゐる。ふくらんだ腹の真ん中に穴があつて、それを覗いて見ると、中には懐中時計の表面が見えてゐる。炉の火床は幅が広くて深い。それに恐ろしい五徳のやうな物が据ゑてある。そしてその上に壁に切り込んだ龕《がん》のやうな所から大きな鍋が吊り下げてあつて、中には一ぱい麦酒樽漬《ビイルだるづけ》にしたキヤベツと豚の肉とが入れてある。
鍋にはお神さんが気を附けてゐる。お神さんは頬の赤い、目の青いをばさんで、あのカンヂスと云ふ白砂糖の包紙のやうな円錐形の大帽子を被つてゐる。帽子からは紫と黄色とに染めた紐が下がつてゐる。着物は橙《だい/\》のやうに黄いろい色の毛織で、背後《うしろ》がふくらんで丈が詰まつてゐる。全体此着物はひどく短い。脚の中程までしか届かない。脚は円つこい。踝《くるぶし》も同断である。その脚
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