入って来る。先に立ったのは、白柄《しらつか》の薙刀《なぎなた》を手挾《たはさ》んだ、山椒大夫の息子三郎である。
 三郎は堂の前に立って大声に言った。「これへ参ったのは、石浦の山椒大夫が族《うから》のものじゃ。大夫が使う奴《やっこ》の一人が、この山に逃げ込んだのを、たしかに認めたものがある。隠れ場は寺内よりほかにはない。すぐにここへ出してもらおう」ついて来た大勢が、「さあ、出してもらおう、出してもらおう」と叫んだ。
 本堂の前から門の外まで、広い石畳が続いている。その石の上には、今手に手に松明を持った、三郎が手のものが押し合っている。また石畳の両側には、境内に住んでいる限りの僧俗が、ほとんど一人も残らず簇《むらが》っている。これは討手の群れが門外で騒いだとき、内陣からも、庫裡《くり》からも、何事が起ったかと、怪しんで出て来たのである。
 初め討手が門外から門をあけいと叫んだとき、あけて入れたら、乱暴をせられはすまいかと心配して、あけまいとした僧侶が多かった。それを住持|曇猛律師《どんみょうりつし》があけさせた。しかし今三郎が大声で、逃げた奴を出せと言うのに、本堂は戸を閉じたまま、しばらく
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