を見るたつきを得た。然るにわたくしは曾《かつ》て昌林院に至りし日雨に阻《さまた》げられて墓に詣《まう》でなかつた。わたくしは平八郎さんが來た時、これに告ぐるに往訪に意あることを以てした。其時平八郎さんはわたくしに意外な事を語つた。それはかうである。近頃昌林院は墓地を整理するに當つて、墓石の一部を傳通院内に移し、爾餘のものは別に處分した。そして壽阿彌の墓は傳通院に移された墓石中には無かつた。師岡氏未亡人は忌日に參詣して、壽阿彌の墓の失踪《しつそう》を悲み、寺僧に其所在を問うて已《や》まなかつた。寺僧は資を捐《す》てて新に壽阿彌の石を立てた。今傳通院にあるものが即是である。未亡人石は毎《つね》に云つてゐる。「原《もと》の壽阿彌のお墓は硯《すゞり》のやうな、綺麗な石であつたのに、今のお墓はなんと云ふ見苦しい石だらう。」
 わたくしは曩《さき》に寺僧の言《こと》を聞いた時、壽阿彌が幸にして盛世|碑碣《ひけつ》の厄《やく》を免れたことを喜んだ。然るに當時寺僧は實を以てわたくしに告げなかつたのである。壽阿彌の墓は香華《かうげ》未だ絶えざるに厄に罹《かゝ》つて、後僅に不完全なる代償を得たのである。

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