半ば水に浸されて沮洳《しよじよ》の地となり、藺《ゐ》を生じ芹《せり》を生じてゐる。わたくしは墓を檢することを得ずして還つた。わたくしは石に問うた。「若し日輪寺と云ふ寺の名をお聞きになつたことはありませんか。」
「存じてをります。日輪寺は壽阿彌さんの縁故のあるお寺ださうで、壽阿彌さんの御位牌が置いてありました。しかし昌林院の方にあれば、あちらには無くても好いと云ふことになりまして、只今は何もございません。」
 わたくしはお石さんに暇乞《いとまごひ》をして、小間物屋の帳場を辭した。小間物屋は牛込|肴町《さかなまち》で當主を淺井平八郎さんと云ふ。初め石は師岡久次郎に嫁して一人女《ひとりむすめ》京を生んだ。京は會津東山の人淺井善藏に嫁した。善藏の女おせいさんが婿《むこ》平八郎を迎へた。おせいさんは即ち子を負《おぶ》つて門に立つてゐたお上さんである。
 壽阿彌の事は舊に依つて暗黒の中にある。しかしわたくしは伊澤の刀自や師岡の未亡人の如き長壽の人を識ることを得て、幾分か諸書の誤謬《ごびう》を正すことを得たのを喜んだ。
 わたくしは再び此稿を畢《をは》らむとした。そこへ平八郎さんが尋ねて來た。前《さ
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