ら、燈火《ともしび》の光が差して、その光が筋のやうになつてゐる処丈、雨垂がぴか/\光つてゐる。その時学士はふいと先きに出逢つた見習士官が此家に住まつてゐるといふことを思ひ出した。
ソロドフニコフは窓の前に立ち留まつて、中を見込むと、果して見習士官が見えた。丁度窓に向き合つた処にゴロロボフは顔を下に向けて、ぢつとして据わつてゐる。退屈まぎれに、一寸|嚇《おど》して遣らうと思つて、杖の尖で窓をこつ/\敲いた。
見習士官はすぐに頭を挙げた。明るいランプの光が顔へまともに差した。ソロドフニコフはこの時始て此男の顔を精《くは》しく見た。此男はまだひどく若い。殆ど童子だと云つても好い位である。鼻の下にも頬にも鬚が少しもない。面皰《にきび》だらけの太つた顔に、小さい水色の目が附いてゐる。睫も眉も黄色である。頭の髪は短く刈つてある。色の蒼い顔がちつともえらさうにない。
ゴロロボフは窓の外に立つてゐる医学士を見て、すぐに誰だといふことが分かつたといふ様子で、立ち上がつた。嚇かしたので、学士は満足して、一寸|腮《あご》で会釈をして笑つて帰らうと思つた。ところが、ゴロロボフの方で先きへ会釈をして、愛想
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