ないのに、只なんとなく馬鹿で、時代後れな奴だらうと思つてゐる。それだから、これが外の時で、誰か知つた人が本町を通つてゐたら、此見習士官に彼此云つてゐるのではないのである。
ソロドフニコフは「さうですか、ゆつくり御休息なさい」と親切らしい、しかも目下に言ふやうな調子で云つた。言つて見れば、ずつと低いものではあるが、自分の立派な地位から、相当の軽い扱をせずに、親切にして遣るといふやうな風である。そして握手した。
ソロドフニコフは倶楽部に行つて、玉を三度突いて、麦酒《ビイル》を三本勝つて取つて、半分以上飲んだ。それから閲覧室に這入つて、保守党の新聞と自由党の新聞とを、同じやうに気を附けて見た。知合の女客に物を言つて、居合せた三人の官吏と一寸話をした。その官吏をソロドフニコフは馬鹿な、可笑《をか》しい、時代後れな男達だと思つてゐるのである。なぜさう思ふかといふに、只官吏だからと云ふに過ぎない。それから物売場へ行つて物を食つて、コニヤツクを四杯飲んだ。総てこんな事は皆退屈に思はれた。それで十時に倶楽部を出て帰り掛けた。
曲り角から三軒目の家を見ると、入口がパン屋の店になつてゐる奥の方の窓か
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