公使退席の事を話して、ともかくも一時切腹を差し控えられたいと云った。橋詰は跡に残った八人の所に帰って、仔細《しさい》を話した。
とても死ぬるものなら、一思《ひとおもい》に死んでしまいたいと云う情に、九人が皆支配せられている。留められてもどかしいと感ずると共に、その留めた人に打《ぶ》っ附かって何か言いたい。理由を問うて見たい。一同小南の控所に往って、橋詰が口を開いた。
「我々が朝命によって切腹いたすのを、何故にお差留になりましたか。それを承りに出ました」
小南は答えた。
「その疑は一応|尤《もっとも》であるが切腹にはフランス人が立ち会う筈《はず》である。それが退席したから、中止せんではならぬ。只今薩摩、長門、因幡、備前、肥後、安芸七藩の家老方がフランス軍艦に出向かわれた。姑《しばら》く元の席に帰って吉左右《きっそう》を待たれい」
九人は是非なく本堂に引き取った。細川、浅野両藩の士《さむらい》が夕食の膳を出して、食事をする気にはなられぬと云う人々に、強《し》いて箸《はし》を取らせ、次いで寝具を出して枕に就かせた。子の刻頃になって、両藩の士が来て、只今七藩の家老方がこれへ出席になると知
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