と、持っていない。フランスの兵は小人数なので、土佐の兵に往手《ゆくて》を遮《さえぎ》られて、大阪へ引き返した。
 同じ日の暮方になって、大和橋から帰っていた歩兵隊の陣所へ、町人が駆け込んで、港からフランスの水兵が上陸したと訴えた。フランスの軍艦は港から一里ばかりの沖に来て、二十艘の端艇《はしけ》に水兵を載せて上陸させたのである。両歩兵の隊長が出張の用意をさせていると、軍監府から出張の命令が届いた。すぐに出張して見ると、水兵は別にこれと云う廉立《かどだ》った暴行をしてはいない。しかし神社|仏閣《ぶっかく》に不遠慮に立ち入る。人家に上がり込む。女子を捉《とら》えて揶揄《からか》う。開港場でない堺の町人は、外国人に慣れぬので、驚き懼《おそ》れて逃げ迷い、戸を閉じて家に籠るものが多い。両隊長は諭《さと》して舟へ返そうと思ったが通弁がいない。手真似で帰れと云っても、一人も聴かない。そこで隊長が陣所へ引き立ていと命じた。兵卒が手近にいた水兵を捉えて縄を掛けようとした。水兵は波止場をさして逃げ出した。中の一人が、町家の戸口に立て掛けてあった隊旗を奪って駆けて往った。
 両隊長は兵卒を率いて追い掛けた
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