一寐入《ひとねいり》して起きようと云うので、快よく別れて寝床に這入《はい》った。
 二十三日は晴天であった。堺へ往く二十人の護送を命ぜられた細川|越中守慶順《えっちゅうのかみよしゆき》の熊本藩、浅野|安芸守茂長《あきのかみしげなが》の広島藩から、歩兵三百余人が派遣せられて、未明に長堀土佐藩邸の門前に到着した。邸内では二十人に酒肴《しゅこう》を賜わった。両隊長、小頭は大抵新調した衣袴《いこ》を着け、爾余《じよ》の十六人は前夜頂戴した絹服を纏った。佩刀は邸内では渡されない。切腹の場所で渡される筈である。
 一同が藩邸の玄関から高足駄《たかあしだ》を踏み鳴らして出ると、細川、浅野両家で用意させた駕籠《かご》二十挺を舁《か》き据えた。一礼してそれに乗り移る。行列係が行列を組み立てる。先手《さきて》は両藩の下役人数人で、次に兵卒数人が続く。次は細川藩の留守居馬場彦右衛門、同藩の隊長山川亀太郎、浅野藩の重役渡辺|競《きそう》の三人である。陣笠|小袴《こばかま》で馬に跨《またが》り、持鑓《もちやり》を竪《た》てさせている。次に兵卒数人が行く。次に大砲二門を挽《ひ》かせて行く。次が二十挺の駕籠である。
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