も」
 一同の気色《けしき》は凄《すさま》じくなって来た。
 小南は色を和《やわら》げた。
「いや。先の詞は失言であった。一応評議した上で返事をいたすから、暫く控えておれ」
 こう云って起って、奥に這入った。
 一同奥の間を睨んで待っていたが、小南はなかなか出て来ない。
「どうしたのだろう」
「油断するな」
 こんなささやきが座中に聞える。
 良《やや》暫くして小南が又出た。そして頗《すこぶ》る荘重な態度で云った。
「只今のおのおのの申条[#「おのおのの申条」は底本では「おのおの申条」と誤記]《もうしじょう》を御名代に申し上げた。それに就いて御沙汰があるから承れ。抑々《そもそも》この度の事件では、お上御両所共非常な御心痛である。太守様は御不例の所を、押して長髪のまま大阪へお越になり、直ちにフランス軍艦へ御挨拶にお出になって、そのまま御帰国なされた。君|辱《はずか》しめらるれば臣死すとも申すではないか。おのおの御沙汰を承った上で、仰せ付けられた通、穏かに振舞ったら宜しかろう。これから御沙汰じゃ。この度堺表の事件に就いては、外国との交際を御一新あらせられる折柄、公法に拠って御処置あらせられ
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