朝命を重んじて一命を差し上げるものでございます。しかし堺表に於いて致した事は、上官の命令を奉じて致しました。あれを犯罪とは認めませぬ。就いては死刑と云う名目《みょうもく》には承服が出来兼ねます。果して死刑に相違ないなら、死刑に処せられる罪名が承りとうございます」
 聞いているうちに、小南の額には皺《しわ》が寄って来た。小南は土居の詞の畢《おわ》るのを待って、一同を睨《にら》み付けた。
「黙れ。罪科のないものを、なんでお上で死刑に処せられるものか。隊長が非理の指揮をしてお前方は非理の挙動に及んだのじゃ」
 竹内は少しも屈しない。
「いや。それは大目付のお詞とも覚えませぬ。兵卒が隊長の命令に依って働らくには、理も非理もござりませぬ。隊長が撃てと号令せられたから、我々は撃ちました。命令のある度に、一人一人理非を考えたら、戦争は出来ますまい」
 竹内の背後《うしろ》から一人二人|膝《ひざ》を進めたものがある。
「堺での我々の挙動には、功はあって罪はないと、一同確信しております。どう云う罪に当ると云う思召か。今少し委曲《いきょく》に御示下さい」
「我々も領解《りょうかい》いたし兼ねます」
「我々
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