んでからも隣同士話が出来そうじゃ」と云った。
 土居は忽ち身を跳《おど》らせて瓶の中に這入って叫んだ。
「横田君々々々。なかなか好い工合じゃ」
 竹内が云った。
「気の早い男じゃ。そう急がんでも、じきに人が入れてくれる。早く出て来い」
 土居は瓶から出ようとするが、這入る時とは違って、瓶の縁は高し、内面はすべるので、なかなか出られない。横田と竹内とで、瓶を横に倒して土居を出した。
 二十人は本堂に帰った。そこには細川、浅野両藩で用意した酒肴《しゅこう》が置き並べてある。給仕には町から手伝人が数十人来ている。一同挨拶して杯を挙げた。前に箕浦に詩を貰った人を羨《うらや》んで、両藩の士卒が争って詩歌を求め、或は記念として身に附いた品を所望する。人々はかわるがわる筆を把《と》った。又記念に遣る物がないので、襟《えり》や袖《そで》を切り取った。

 切腹はいよいよ午《うま》の刻からと定められた。
 幕の内へは先ず介錯人《かいしゃくにん》が詰めた。これは前晩大阪長堀の藩邸で、警固の士卒が二十人のものに馳走をした時、各相談して取り極《き》めたのである。介錯人の姓名は、元六番隊の方で箕浦のが馬淵《まぶち》〔馬場〕桃太郎[#24刷時点では「〔場〕桃太郎」だが、63刷時点では「〔馬場〕桃太郎」に修正されている]、池上のが北川礼平、杉本のが池七助、勝賀瀬のが吉村材吉、山本のが森常馬、森本のが野口喜久馬、北代のが武市助吾、稲田のが江原源之助、柳瀬のが近藤茂之助、橋詰のが山田安之助、岡崎のが土方要五郎、川谷のが竹本謙之助、元八番隊の方で、西村のが小坂乾、大石のが落合源六、竹内のが楠瀬柳平、横田のが松田八平次、土居のが池七助、垣内のが公文左平、金田のが谷川新次、武内のが北森貫之助である。中で池七助は杉本と土居との二人を介錯する筈である。いずれも刀の下緒《さげお》を襷《たすき》にして、切腹の座の背後《うしろ》に控えた。
 幕の外には別に駕籠が二十挺据えてある。これは死骸を載せて宝珠院に運ぶためである。埋葬の前に、死骸は駕籠から大瓶に移されることになっている。
 臨検の席には外国事務総裁|山階宮《やましなのみや》を始として、外国事務係伊達少将、同東久世少将、細川、浅野両藩の重役等が、南から北へ向いて床几《しょうぎ》に掛かる。土佐藩の深尾は北から東南に向いてすわる。大目附小南以下目附等は西北から東に
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