人生の評価は千殊万別である。父が北千住に居った時、家に一|婢《ひ》があった。肥白《ひはく》にして愛想好く、挙止もまた都雅であった。然るにこの婢の言う所は、一々わたくし共兄弟姉妹の耳を驚かした。
婢は幼《いとけな》くして吉原の大籬《おおまがき》に事《つか》え、忠実を以て称せられていた。その千住の親里に帰ったのは、年二十を踰《こ》えた後《のち》である。
婢は「おいらん」を以て人間の最《もっとも》尊貴なるものとしている。公侯伯子男の華族さんも、大臣次官の官員さんも婢がためには皆野暮なお客である。貸座敷の高楼大厦とその中《うち》にある奴婢《ぬひ》臧獲《ぞうかく》とは、おいらんを奉承し装飾する所以《ゆえん》の具で、貸座敷の主人はいかに色を壮《さかん》にし威を振うとも此等《これら》の雑輩に長たるものに過ぎない。
婢の思量感懐は悉《ことごと》くおいらんを中心として発動している。婢の目を以て視れば、吉原は文、吉原以外は野、吉原は華、吉原以外は夷《い》である。それは吉原がおいらんのいますレジダンスだからである。
「よしや、何かお話をしておくれ」と弟が云う。よしは婢の名であった。
「さあ、いらっし
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