暮れましたから明朝の事にいたしましょう」と、翁は答えた。
 わたくしはその後願行寺の住職を訪おうともせずにいて、遂に香以の裔の事を詳《つまびらか》にせぬままに、この稿を終ってしまった。頃日《このごろ》高橋邦太郎さんに聞けば、文士芥川龍之介さんは香以の親戚だそうである。もし芥川氏の手に藉《よ》ってこの稿の謬《あやまり》を匡《ただ》すことを得ば幸であろう。

       十五

 疇昔《ちゅうせき》の日わたくしは鹿嶋屋清兵衛《かじまやせいべえ》さんの逸事に本づいて、「百物語」を著《あらわ》した。文中わたくしの鹿嶋屋を斥《さ》す詞《ことば》に、やや論讃に類するものがあった時、一の批評家がわたくしの「僭越」を責めた。その詳《つまびらか》なることは今わたくしの記憶に存せぬが、彼批評家には必ずや文集があるべく、これを繙《ひもと》いたら、百物語評を検出することもまた容易であろう。
 鹿嶋屋は「大尽」である。寒生のわたくしがその境界を窺《うかが》い知ることを得ぬのは、乞丐《こつがい》が帝王の襟度《きんど》を忖度《そんたく》することを得ぬと同じである。是《ここ》においてや僭越の誚《そしり》が生ずる。

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