とぎばなし》の空気が闇《やみ》の裡《うち》に浮動しているかとも感ぜられる。
「もしもし」と云うと、翁《おきな》が立って出迎えた。媼《おうな》は蹲ったままでいた。
「願行寺にある摂津国屋の墓を知っているでしょうね」と、わたくしは問うた。しかし翁も媼も耳が遠いので、わたくしは次第に声を大くして二三度繰り返さなくてはならなかった。
 奥にいる媼が先にわたくしの詞《ことば》を聞き分けて、「あのほそきさんですか」と云った。わたくしは此に依って一度香以の苗字を「ほそき」と訓むこととして、この稿を排印に付した。しかし彼《かの》香以と親しかった竺仙が「さいき」と書するを見て、猶《なお》「さいき」と正しかるべきを思った。
 わたくしは香以の裔《すえ》の芝にいる女の名を問いその夫の名をもたしかめようと思ったが、二人共何一つ知らなかった。
 ただ媼がこんな事を言った。「大そうお金持だったそうでございますね。あの時本の少しばかりで好《い》いから、お金が残して置いて貰われたらと、いつもそう仰《おっし》ゃいます。」
 わたくしは翁の手に小銀貨をわたして、樒を香以が墓に供することを頼んだ。
「承知いたしました。もう
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