将《まさ》に屈辱を受けんとしているものは自分の子分である。この請を容れぬわけには行かない。しかし何の手段を以てこれを救おうか。茶弘はこう考えて、最も簡易な買収の法を取った。後藤の取巻一同には茶弘の祝儀包が配られた。
紫玉は包を座上に抛《なげう》って茶弘を罵《ののし》った。後藤が折角の催もこの殺風景のために興を破られて客は程なく散じた。
香以は累を後藤に及さんことを恐れて、翌日紫玉を家に呼んで諭した。紫玉をして罪を茶弘に謝せしめようとしたのである。しかし紫玉は聴かなかった。材能《さいのう》伎芸《ぎげい》を以て奉承するは男芸者の職分である。廉恥を棄てて金銭を貪るものと歯《し》するは、その敢《あえ》てせざる所である。紫玉が花山を排したのは曲が花山にあったのである。紫玉が祝儀を卻《しりぞ》けたのは曲が茶弘にあったのである。紫玉は堅くこの説を持して動かなかった。
香以は已《や》むことを得ぬので、人に託して後藤と茶弘との和解を謀った。二人は久保町の売茶亭に会見して、所謂《いわゆる》手打をしたそうである。これは香以が四十五歳の時の事である。後藤は後に名を庄吉と改めて米の仲買を業としていた。
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