に負《そむ》いたために、曲輪《くるわ》の法で眉《まゆ》を剃《そ》り落されそうになっているところである。鴫蔵《しぎぞう》竹助の妓夫《ぎふ》が東栄を引き立てて暖簾《のれん》の奥に入る。次で国五郎、米五郎、小半次、三太郎、島蔵の侍等《さぶらいら》が花道を出て、妓夫に案内せられて奥に入る。三十郎の遊女揚巻父押上村新兵衛が白酒売となって出る。侍等が出て白酒を飲んで価を償わずに花道へ入る。小団次の黒手組助六が一人の侍の手を捩《ね》じ上げて花道から出て侍等を懲《こら》す。侍等は花道を逃げ入る。この時権十郎の紀伊国屋文左衛門が暖簾を搴《かか》げて出る。その拵《こしらえ》は唐桟の羽織を著、脇差《わきざし》を差し駒下駄《こまげた》を穿《は》いている。背後《うしろ》には東栄が蛇の目傘を持って附いている。合方は一中節を奏する。文左衛門は助六を呼んで戒飭《かいちょく》する。舞台が廻ると、揚巻の座敷である。文左衛門が揚巻の身受をして助六に妻《めあわ》せる。揚巻は初め栄三郎、後梅幸であった。
 狂言の文左衛門は、この頃遊所で香以を今紀文と称《とな》え出したに因《ちな》んで、この名を藉《か》りて香以を写したものである
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