、スタニスラウス・フオン・ヰツクと云ふのである。
祈祷が済むと、現に族長になつてゐるスタニスラウスが、先頭になつて席を起つた。その跡には、薄暗いベンチから身を起して、喪服を着た数人の婦人が続いた。
街へ出て、スタニスラウスは妹のリヒテル少佐夫人に臂を貸して、並んで歩き出した。その他の人々は二人づつの組を作つて、其跡に続いた。
誰も物を言ふものはない。一同の目映《まば》ゆがるやうな目は、泣いた跡のやうに見えてゐる。腹の透いたのと退屈したのとで、欠《あくび》が出る。
一族はこれからイレエネ・ホルンと云ふ未亡人の邸へ食事に行くのである。イレエネは亡くなつたアントンの娘で、ホルンと云ふ夫を持つて、その夫に先立たれてゐるのである。スタニスラウスと並んで歩く少佐夫人は、体の太つたのと反対に、いつも忙しさうに足を早めたがる。それで兄の窮屈げな、葬に立つた時のやうな歩附《あるきつ》きとは兎角調子が合ひ兼ねる。スタニスラウスは妹の足の早いのを、慾望的な、現世的な努力を表現してゐるやうに感じて、妹を警醒するやうな口吻《こうふん》で、「兄は可哀《かはい》さうな男だつたな」と云つた。
少佐夫人は只頷
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