たでしょう。あなたあの写真と競争をお始めなすってから、男前が五割方上がりましたよ。あの写真があなたをせびるようにして、あなたから出来るだけの美しさや、御様子のよさや、才智を絞り出してくれたのでございますね。あの頃わたくし全くあなたに惚れていましたの。ですからあなたの長所が平生の倍以上になったのがどんなにか嬉しゅうございましたでしょう。
男。なるほど。旨くたくらんだものですね。しかしやっぱり女の智慧です。
女。なぜでございますの。
男。でも手紙を一本落しなすったばかりで、せっかくの趣向がこわれてしまったじゃありませんか。手紙を拾った翌日あなたの御亭主の正体が分かる。あなたの※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》が分かる。そこでわたくしは無駄骨を折らなくてもいい事になる。あんな御亭主に比べて見れば、わたくしは鬚ぐらい剃らずにいたって、十割も男が好いわけですからね。そこでわたくしは段々身だしなみをしなくなる。焼餅も焼かなくなる。恋が褪め掛かる。とうとう恋も何も無くなったと云うわけですね。あの時手紙なんぞをお落しなさらなかったら、わたくしはきょうだってまだあなたに惚れ
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