ばわたくしをお担ぎなすったのですね。あなたの御亭主と云うのは年が五十、そうですね、五十五六くらいで、頭がすっかり禿げていて、失礼ですが、無類の不男だったろうじゃありませんか。おまけに背中は曲がって、毛だらけで、目も鼻もあるかないか分からないようで、歯が脱けていて。
 女。おやおや。
 男。あなただってあれが御亭主でないとはおっしゃられないでしょう。
 女。ええ。宅の主人ですとも。
 男。わたくしはあなたの御亭主を知っていた友達に聞いてみて、確めたのです。
 女。ええええ。宅の主人に相違ございません。
 男。まあ、それはそれでよろしゅうございます。そこでなんだってあんな狂言をなすったのです。あのお見せになった写真の好男子は誰ですか。
 女。あの写真はロンドンで二シルリングかそこらで買ったのでございます。わたくしも誰の写真だか存じません。いずれイギリスのなんとか申す貴族だろうと存じますの。
 男。そこでなぜそれを。
 女。それはあなたお分かりになっていらっしゃるじゃございませんか。あれを御覧にいれた方がわたくしには都合がよろしかったのですもの。御承知の通り、わたくしの狂言はすっかり当りまし
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