んでしたね。するとある日の事、たしか午後にわたくしの所にいらっしゃった時でした。あなたは手紙をお落しなすったのです。わたくしはお帰りになったあとで気が附きました。その手紙に書いてあった文句はこうでした。「明日のオペラ座の切符手に入り候に付、主人同道お誘いに参り可申《もうすべく》候、何卒《なにとぞ》御待受|被下度《くだされたく》候。母上様」と云うのでした。お母あ様の所へ出す手紙を、あなたはわたくしの部屋に落してお置きになったですねえ。
 女。おや。そうでしたか。あの手紙はあなたの所で落しましたのですかねえ。
 男。ええ。そうでした。ところでわたくしのためにはそれが好都合だったのです。翌日わたくしが急いでオペラ座へ往って見ますと、お母あ様と御夫婦とでちゃんと桟敷にいらっしゃったのですね。
 女。そこで。
 男。それをあなた平気でわたくしにお聞きになるのですか。
 女。ではどんなにして伺えばよろしいのでしょう。
 男。だって驚くじゃありませんか。あの時わたくしには始めて分かったのです。まあ、あなたが※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]衝《うそつき》だとは申しますまい。体好く申せ
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