こしら》えさせる。髪をちぢらせる。どうにかして美しくなろうと意気込んで、それと同時にあなたに対しては気違染みた嫉妬をしていたのです。まだ覚えておいでなさるか知りませんが、いつでしたかあなたが御亭主と一しょに舞踏会に往くとおっしゃった時、わたくしは夢中になっておこったことがありますね。わたくしはあの写真の男に燕尾服がどんなに似合うだろうと想像すると、居ても立っても居られなかったのです。
 女。ええ。まだ覚えていますの。
 男。それからわたくしはあなたをちょっとの間も手離すまいとしたのですね。あなたが誰と知合になられたとか、誰と芝居へおいでになったとか云うことを、わたくしは一しょう懸命になって探索したのです。あのころ御亭主は用事があってロンドンへ往っておいでになると云うことでしたから。
 女。ええ。あの時のあなたの御様子は、まあ、そんな風でございましたのね。
 男。それからどうなったかお考えなすって御覧なさい。ある日あなたがおいでになって、御亭主が帰られたとおっしゃったでしょう。そこでどうにかして一度御亭主に逢わせて下さいと云って、わたくしは歎願しましたね。しかしどうしてもあなたは聴きませ
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